日本経済(1)

昭和金融恐慌

日本で1927年3月から発生した経済恐慌のことです。このころは不運やらなにやら重なって、日本経済がどん底の時ですね(^^;)この当時の日本経済は、第一次世界大戦の影響で非常に好景気でした。悲しい話ですが大戦景気ですね。しかし第一次世界大戦が終わると、その状況は変わって不況となります。さらには、関東大震災の処理のための震災手形が膨大な不良債権と化けていたのです。また、中小銀行はその不況を受けて経営状態が不調になって、日本中が金融不安に陥っていきます。それに加えて当時の片岡直温蔵相の失言をきっかけに、金融不安は露骨に表れて、中小銀行を中心として取り付け騒ぎが発生したんです。あ、ちなみに、取り付け騒ぎと言うのは、特定の金融機関や金融制度に対する信用不安などから、預金者が預金・貯金・掛け金など自分のお金をを取り戻そうとして、急激に金融機関の店頭に殺到してパニックになることです。この状況、一回は収束するもののまた発生します・・・・。

高橋是清蔵相の取り付け騒ぎ対処法

取り付け騒ぎになった日本の中小銀行ですが、時の蔵相(昔の言い方でいきますね。今で言う財務省トップのことです。)高橋是清さんが、片面印刷のお札をたくさん作って銀行に配り、銀行は店頭にこの札束をたくさん積みあげて、金融危機に陥っていないことを国民にアピールしたそう( ̄  ̄!)こんなことで騒動が収まるの!?簡単すぎやしない!?とおもいきや、収まるんですね(^^;)人々は札束が積まれてるのを見て安心して、取り付け騒ぎが収まったそうな・・・・・。今の時代だったらこんなに簡単には行かないでしょうね。

高橋是清蔵相の手腕

高橋是清蔵相は、若槻首相の辞任後、この昭和金融恐慌中に新しい首相として着任したのですが、凄腕でして・・・。わずか44日でこの昭和金融恐慌を収束させたといわれているんです(゜ロ゜) わお!!!ちなみに1997年11月、山一証券、三洋証券、北海道拓殖銀行が次々に破綻し、日本は一挙に金融危機の山場を迎えた時期がありました。このころ、引き合いに出されたのが、今ご紹介中の昭和金融恐慌なんです。もちろん、法制度の仕組みやら、金融システムの仕組み・強度やら、昔と今では違いは大きいのですが、1997年に起こった金融危機は、70年ぶりに日本を襲ったわけで、70年前の参考しかなかったんですよね。このとき高橋是清の施策についても研究が進められて、日々の経済史研究がいかに重要であるかが改めて認識された時期でしたね。

昭和金融恐慌の発生から高橋是清蔵相による収束まで

わかりやすく箇条書きにしてみたので良かったら見てください~。こうゆうのってわかりにくいから箇条書きが一番(^^;)

1927(昭和2)年3月14日 
衆議院予算総会で、震災手形の実態を示せと迫られた片岡直温蔵相は、「東京渡辺銀行が破綻した」と失言してしまいます。ここで取り付け騒ぎ始まるのです。
1927(昭和2)年3月15日 
東京渡辺銀行、あかぢ貯蓄銀行が休業します。
1927(昭和2)年3月19日 
中井銀行が休業します。
1927(昭和2)年3月22日 
八十四銀行、中沢銀行、村井銀行、左右田銀行など8行が休業します。
1927(昭和2)年3月26日 
台湾銀行が鈴木商店への新規融資を中止します。
1927(昭和2)年4月5日  
鈴木商店が破綻します。
1927(昭和2)年4月17日 
若槻礼次郎内閣が総辞職します。
1927(昭和2)年4月18日 
台湾銀行、近江銀行が休業します。そして全国へ取り付け騒ぎが広がり、日銀は無制限の貸し出しを行なうのです。この日の日銀貸し出しは2億8000万円にも及びました。
1927(昭和2)年4月20日 
田中義一・政友会内閣が発足。高橋是清、蔵相へ就任します。
1927(昭和2)年4月21日 
高橋蔵相、三井・三菱首脳へ22日、23日の臨時休業を要請し、実施されます。「政府は徹底的救済の方策をとる」と発表します。
1927(昭和2)年4月22日 
金融債務の3週間モラトリアム令を議会で可決させます。
1927(昭和2)年4月24日 
この日は日曜日。高橋蔵相は、日銀に対して、日銀の取引先以外の金融機関へも支援するよう要請し、実施されます。
1927(昭和2)年4月25日 
前日の日曜日の対策によって、週明けのこの日、市場のパニックは収まりを見せます。
1927(昭和2)年4月28日 
臨時閣議で日銀補償法案が決まりました。
1927(昭和2)年5月1日  
臨時閣議で台湾金融機関救済放散が決まりました。
1927(昭和2)年5月8日  
閣議決定を受けて、財界安定(金融システム安定化)のための“日銀特別融通及び損失補償法案”、“台湾の金融機関に関する法案”、“支払猶予令承諾案”が衆議院と貴族院で可決されます。
1927(昭和2)年5月10日 
閣議で日銀総裁として井上準之助を招聘と決定します。
1927(昭和2)年5月25日 
大蔵省、専任銀行検査官の制度・官制を発表します。
1927(昭和2)年6月2日  
高橋是清、蔵相を辞任します。

モラトリアム令とは?

さっき箇条書きでご説明した中でモラトリアム令と言うのがあるんですけど、これは「遅延」という意味のラテン語で、金融市場で使われる場合には“払猶予令”の意味で使われます。恐慌や自然災害どの際に起こる金融の混乱を抑えるため、預金の払い戻し、手形の決済などを、一時的に“猶予する(引き延ばす)”ということです。

震災手形とは?

同じく箇条書きの部分で震災手形と言うのが出てきましたが、これは、関東大震災が起こったために支払いができなくなった手形のことを指しているんです。関東大震災のために支払うことができなくなった手形については、支払猶予を2年間与えて、日本銀行が損失を被った場合は政府が1億円まで補償するという内容のものだったそう。1億ってまたすごいですね・・・。一般に流通していた手形のなかで、被災地に関わるものだけが緊急勅令によるモラトリアムや法令によって、日本銀行が再割引することで補償の対象となったんです。普通の手形と震災手形の区別は、スタンプを押して見分けたそう。ただ、この混乱に紛れて別の経緯で不良債権となったものも大量にあったそうです。まあ、いつの時代もこういうことはありますよね・・・・・。金融業界の私としては、こうゆう事態で“ズル債権”をなくすのは不可能かと思います(T_T)