日本の景気(2)

景気の名称

引き続き、景気のネーミングについて、つらつらと気の向くままにお話していきたいと思います。

いざなぎ景気

いざなぎ景気とは、1965年の不況を底に1970年まで続いた、長期間に及ぶ好景気のことをいいます。いざなぎ景気は57か月も続いたそうです。いざなぎ景気は戦後2番目の長期の好景気なんです。戦後1番長い好景気をもたらしたのが2002年1月を底に回復を続けてきた景気拡大です。いざなぎ景気というネーミングは、神武景気や岩戸景気を上回る好況という意味を込めて名付けられたそうです。願いをこめるところ、日本っぽいですね。「いざなぎ」とは日本神話で、天つ神の命をうけ日本列島を作ったとされる男神「伊弉諾尊(いざなぎのみこと)」からつけられたそうな。いざなぎ景気の原動力になったのは新しい設備投資の動きにあります。造船、鉄鋼、石油化学工業を中心に、家庭電化製品や自動車などの普及がアメリカへの輸出を拡大させていって、日本経済の成長を遂げてきました。日本においても、家庭でカラーテレビ、クーラー、自動車が普及していくこととなります!!

ニクソン・ショック

1971年8月15日、当時のアメリカ大統領のリチャード・ニクソンは翌年に2回目の大統領選挙をひかえて、落ち目のアメリカ経済を立て直す必要に迫られていました。そこで新しい経済政策を発表しました。ちょうどその1ヶ月前の7月15日にもニクソンは、中国を訪問すると宣言して、それまで台湾政府だけを正統な中国と認めて北京政府との交渉を遮断しておこなわなかった日本政府に大きな衝撃をもたらしたのです。しかも8月15日に発表されたニクソンによる新しい経済政策は、中国訪問の宣言以上に衝撃的だったのだとか。その新経済政策は以下でご説明しますが、何はともあれ、日本にとってニクソンは2つの大きな衝撃を与えてくれたわけです。これを総称して、日本国内ではニクソン・ショックと言われるようになりました。

ニクソンによる新しい経済政策

  • (1)アメリカは金とドルとの交換を一時停止する。
  • (2)アメリカは外国に対する経済援助を10%削減する。
  • (3)アメリカは外国からの輸入品に対して、一率10%の輸入課徴金を徴収する。
  • (4)アメリカは向こう90日間、賃金、物価を一時的に凍結する。

第1次石油危機

第一次石油危機は、別名オイルショックとも言われていますよね。この時代に生まれていない人でも、日本史などで聞いた覚えがあるのではないですか??第1次石油危機は、1973年10月6日に第4次中東戦争が勃発したことを受けて、10月16日に石油輸出国機構 加盟産油国のうち、ペルシア湾岸の6ヶ国が、原油公示価格を1バレル3.01ドルから5.12ドルへ70%も引き上げることを発表したことに端を発します。翌日10月17日には、アラブ石油輸出国機構が、原油生産を徐々に削減することを決定しました。またアラブ石油輸出国機構諸国は10月20日以降、イスラエルが占領地から撤退するまでイスラエル支持国であるアメリカやオランダなどへの経済制裁として、石油を輸出しないことをさらに決定したわけであります。さらに同年12月23日には、石油輸出国機構に加盟のペルシア湾岸の6ヶ国が、1974年1月より原油価格を5.12ドルから11.65ドルへ引き上げることを決定。こういった状況から、なかなか手に入らなくなってしまった石油の値段は高騰し、石油を輸入に100%頼っている国々は、石油をそのものや、石油を使った商品の生産に非常に困ることとなります。

日本への影響

要するに、石油を輸入に頼っていたのは多くの先進国であり、その先進国の経済状況を悪化させることとなったのです。1960年代以降にエネルギー革命を迎えて、エネルギー源を石油に置き換えていた日本は、ニクソン・ショックからせっかく立ち直りつつあったのに、また打撃を食らいます。当時の日本は中東の政治にそこまで関わっていなかったんです。イスラエルを直接支援したこともなくて、いたってニュートラルな立ち位置でした。ただ、イスラエル支援国家であるアメリカと日本とが固いな同盟を結んでいたので、間接的にイスラエル支援国家とみなされていたのかも知れず、時の副総理が中東へ出向き、日本のニュートラルな立場を説明して回ったそうですよ。

第2次石油危機

第2次石油危機は1979年のイラン革命により、イランでの石油生産が中断したため、イランから大量の原油を購入していた日本において原油の需給が困難になったのです。また、1978年末には1979年より原油価格を4段階に分けて計14.5%値上げすることを決定したので、原油価格が上昇してしまいました。第1次石油危機並に原油価格が高騰してしまったんですね~。でも、そこはさすがに、第1次石油危機で学習済みなので、その経験が生かされて、第1次ほどの深刻な状況にならずにすんだのです。日銀が第1次石油危機を反省して、すばやい金融引き締めの姿勢をとったことが、第2次石油危機をさほど悪化させなかった要因といわれてるんです。

円高不況

円高不況は、円相場の上昇に伴って、日本国内の輸出産業や下請けなどその関連企業、輸入品と競合している産業が損害を被って、その結果起こってしまう不景気のことです。円高の原因・理由は、買われた通貨が高くなって、売られた通貨が安くなるというところでしょうか。大雑把な説明ですが・・・。。つまり、円高の理由とは、“様々な要因によって円が買われたから”と言えるでしょう。では、この様々な要因とは一体どのようなものでしょうか?日本の金利が上がる、ドルの金利が下がる、アメリカの景気が落ち込む、アメリカの財政赤字が膨らむ、株価が落ち込むなどが円高の要因として挙げられます。

インターネット・バブル

インターネット・バブルは、1990年代末期に、アメリカ合衆国の市場を中心に起った、インターネット関連企業の実需投資や株式投資の異常な高潮のことです。多くのIT関連ベンチャーが設立されて、1999年から2000年にかけて株価が異常に上昇したのですが、2001年にかけてバブルがはじけました。日本では、1999年1月から2000年11月までの景気拡張期を景気名の通称で、IT景気や、ITブームなどと呼ばれます。

いざなみ景気

2002年~2007年の景気拡大の時期は、俗にいざなみ景気と呼ばれます。名称については、いざなみ景気のほかにリストラ景気、格差型景気、無実感景気などというネーミングも考えられたようで。どれをとってもマイナス思考なネーミングですよね(笑)2001年以降のゼロ金利政策をはじめとする金融緩和政策に伴う円安、また新興国などの需要の増大などにより、輸出関連企業の売上が過去最高水準となります。これらが景気回復の主要因とされているんです。